今回は暇だったので、準々決勝と敗者復活戦も見ました。

毎回問題となるのは決勝進出メンバーの妥当性についてです。

決勝のメンバーが探偵ナイトスクープのレギュラーが占め、朝日放送制作とは言えでも「それはないんじゃないの?」

という事で今年も物議を醸しています。

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会見の司会を務めた陣内智則(42)は「西田(敏行)局長が選んだんちゃうか?」と訝しそうに話した。
 「探偵!ナイトスクープ」はM―1と同じABCテレビ製作ということで、澤部も決勝戦に進出できなかった南海キャンディーズの山里亮太(39)から「おい、ABC!何だこれ!」とクレームがあったと告白。
これを受けて橋本は「探偵をM―1が選んでるんじゃなくて、(M―1の決勝に行けるほど)すごい人が探偵に選ばれてるんです」と主張していた。

それで本当に審査が妥当なのか準々決勝敗退組まできちんと確認してみたわけです。

難しい問題

敗者復活戦や準々決勝敗退組を見た感じ、「どうしてこの人が落ちたの?」というような人は居ませんでした。

ただ、スリムクラブやハライチの決勝のネタはツマンナカッタと思います。

「審査がおかしい」と言われても仕方ないと感じました。

レコード大賞みたいに1億円と消費税800万を支払えば、M-1の決勝に出られるのでしょうか。

M-1は新しいスターの発掘の場に期待して見ている人も多いと思います。
無名芸人が決勝に沢山残っても視聴率はそこまで変わらないはずです。

しかし、今も昔も不透明審査が続いているように感じました。

銀シャリが優勝だが

個人的にはスーパーマラドーナが抜けて面白かったと思います。

そういう意味ではここでも朝日放送のコネもあったのかもしれません。

ただ、漫才の技術だけを見れば銀シャリがNO.1という見方も可能です。

でも銀シャリの漫才は何の意外性も無く、ただ単におしゃべりが上手いだけという印象でした。 

面白かったかと言われれば微妙です。

 

これは漫才とコントとの線引をしっかりしてないのが問題だと思います。

『舞台袖から出てきて挨拶して、設定を提示して、あとは永遠コントやって、最後に”もうええわ”で終わる』

のは漫才と言えるのか?という話です。

 

「面白ければ何でもいい」という考えもそれはそれでアリですが、漫才を一度きちんと定義して、その縛りの中で技術を競い合えばそれはそれでM-1としての価値が高まるとも思います。

そういう事を感じた2016年M-1グランプリでした。

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